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広島地方裁判所 昭和51年(わ)815号 判決 1977年3月28日

主文

被告人大嶋清俊を懲役五年に

被告人畑重行を懲役四年に

被告人岡村哲之を懲役二年に

それぞれ処する。

未決勾留日数中、被告人大嶋に対しては四〇日、被告人畑に対しては一〇〇日を、それぞれその刑に算入する。

被告人岡村に対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

被告人大嶋及び同岡村から、押収してある覚せい剤粉末二袋(昭和五一年押第二二九号の1及び2)をいずれも没収する。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人大嶋清俊、同畑重行は、貝森良二と共謀のうえ、

一、営利の目的で、被告人大嶋が韓国で入手したフエニルメチルアミノプロパンの塩酸塩を含有する覚せい剤結晶性粉末約三〇〇グラム(ビニール袋入り)を、たらこ桶に梱包収納したうえ、右貝森において、昭和五一年九月二八日午後五時ころ、右たらこ桶を携帯して同国釜山港からフエリー「関釜」に乗船し、翌二九日午前八時二〇分ころに山口県下関市東大和町一丁目下関港第一八号岸壁に入港した同船からその直後これを陸揚げし、もつて右覚せい剤を輸入した

二、右貝森において、同月二九日午前九時三〇分ころ、同町一丁目一〇番三八号門司税関下関支署において、同支署職員に対し、携帯品は紙巻たばこ二〇〇本、松茸・こんぶ各一貫、たらこ二たるである旨記載し、前記一の覚せい剤を記載していない携帯品申告書を提出するとともに、右覚せい剤を隠匿した前記一のたらこ桶一個等の携帯品を提示して同支署旅具検査場を通過し、もつて税関長の許可を受けずに貨物である右覚せい剤を輸入した

三、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、同日午後三時ころ、広島県佐伯郡五日市町三宅五八九番地の四松本淳江方において、前記一の覚せい剤約三〇〇グラムを一袋約五〇グラム入りのビニール袋六袋に小分けして所持した

第二、被告人大嶋、同岡村哲之は、共謀のうえ、

一、被告人大嶋のみにおいては営利の目的で、同被告人が韓国で入手した前同様の覚せい剤結晶性粉末約二九四・一三グラム(ビニール袋入り二袋―昭和五一年押第二二九号の1及び2はそれぞれ鑑定に費消した残り)をたらこ桶二個に梱包分納のうえ、被告人岡村において、同年一〇月一六日午前一〇時ころ、右たらこ桶を携帯して同国釜山港からフエリー「関釜」に乗船し、同日午後六時五五分ころに山口県下関市東大和町一丁目下関港第一八号岸壁に入港した同船からその直後これを陸揚げし、もつて右覚せい剤を輸入した

二、被告人岡村において、同日午後七時五〇分ころ、同町一丁目一〇番三八号門司税関下関支署において、同支署職員に対し、携帯品は酒類一本、たらこ二たるである旨記載し、前記一の覚せい剤を記載していない携帯品申告書を提出するとともに、右覚せい剤を隠匿したたらこ桶二個等の携帯品を提示し、税関長の許可を受けずに貨物である右覚せい剤を輸入しようとしたが、税関職員等に発見されたためその目的を遂げなかつた

第三、被告人畑は、法定の除外事由がないのに、同月二三日午前一一時三〇分ころ、広島市光南二丁目一二番二号葉月荘の小蔦昭治方において、同人に対し前同様の覚せい剤結晶性粉末約〇・八グラムを無償で譲り渡した

ものである。

(証拠の標目)(省略)

(被告人岡村に営利の目的を認めなかつた理由)

検察官は、被告人岡村の判示第二の一の犯行につき、同被告人は相被告人大嶋と共謀のうえ「営利の目的」で覚せい剤を輸入した旨の訴因を主張しているところ、当裁判所は、右「営利の目的」の点を認定しなかつたのでその理由を次のとおり説明する。

一、覚せい剤取締法四一条一項一号、二項を対照してみれば明らかなように、同条は同じ覚せい剤輸入であつても、犯人が「営利の目的」をもつていたか否かという犯人の特殊な状態の差異によつて、それぞれに科すべき刑に軽重の区別をしているので、右「営利の目的」の点が刑法六五条二項所定の「身分」に該り、その有無については共犯者各別に判断すべきこというまでもない。そして営利の目的とは、共犯関係にある場合に即していえば、自ら当該行為の対価として財産上の利益を得ることを動機とする場合であつて、単に共犯者が営利の目的を有していることを知つていただけでは足りないものと解され、既に最高裁判所の判例もこれを肯認しているところである。

二、そこで、被告人岡村に営利の目的があつたか否かについて検討してみるに、前掲関係各証拠によれば、同被告人は、本件覚せい剤が多量であることや本件に多数の者が関与していることを窺知していたことが認められるので、そのような事情に照らすと、共犯者である被告人大嶋に営利の目的のあつたことを認識していたことは容易に推認されるのであるが、被告人岡村が被告人大嶋との間に本件覚せい剤密輸入に対する報酬の取り決めをしたり、輸入後その密売に加担して利益分配に預る約束をしていたとの事実を認めしめる証拠は存在しないところである。

三、もつとも前掲関係各証拠によれば、被告人岡村は、本件犯行の二週間足らず前に被告人大嶋の経営する会社に就職し、その業務見習も兼ねて観光旅行として韓国に渡航し、その際の旅費、宿泊費等の支出はすべて被告人大嶋の負担でなされ、その意味で相応の利益を受けていたことが認められるも、本来がそのような目的であつたからこそ、被告人大嶋において当初被告人岡村に情を明さないまま他の荷物と一緒に本件覚せい剤を携行させて輸入しようと考えていたものであり、他方被告人岡村がそのような企てを察知して本件に加功することを明確に決したのは、帰国当日の朝右覚せい剤をたらこ桶に偽装梱包した際であつたこと、また、そもそも右会社就職及び韓国旅行は、かつて被告人大嶋が被告人岡村に自己の債務の手形保証を求め、そのため被告人岡村の財産に強制執行がなされたことなどの埋め合わせとして招待したものであること、が認められ、このような経緯に照らせば、右旅費等の出捐が本件行為の対価としてなされたものであるとは到底みなしがたいところである。(仮に被告人岡村が将来も被告人大嶋の会社に勤務することを念頭において本件密輸入の実行行為を引き受けた事情であつたとしても、このような利益の享受は、単なる思惑の域を出ないものと断ぜざるを得ない。)

四、以上説明のとおり、被告人岡村が、本件覚せい剤の輸入につき営利の目的を有していたとの点については証明がないので、判示のとおり認定した次第である。

(被告人畑の累犯前科)

同被告人は、昭和四七年六月二日広島地方裁判所において詐欺横領罪により懲役二年六月に処せられ、昭和四九年四月一五日右刑の執行を受け終わつたものであり、右の事実は同被告人の当公判廷における供述及び検察事務官作成の同被告人に対する前科調書によつてこれを認める。

(法令の適用)

被告人大嶋、同畑の判示第一の一の各所為はいずれも刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条二項、一項一号、一三条に、判示第一の二の各所為はいずれも刑法六〇条、関税法一一一条一項に、判示第一の三の各所為はいずれも刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項一号、一四条一項にそれぞれ該当し、被告人大嶋、同岡村の判示第二の一の各所為はいずれも刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条一項一号、一三条に該当するが、被告人大嶋は身分(営利の目的)のある者であるから、刑法六五条二項により覚せい剤取締法四一条二項の刑を科すことにし、被告人大嶋、同岡村の判示第二の二の各所為はいずれも刑法六〇条、関税法一一一条二項、一項に、被告人畑の判示第三の所為は覚せい剤取締法四一条の二第一項二号、一七条三項にそれぞれ該当するところ、所定刑中、被告人大嶋、同畑の判示第一の一、被告人大嶋の判示第二の一の各罪についてはいずれも有期懲役刑のみを、被告人大嶋、同畑の判示第一の二、三、被告人大嶋、同岡村の判示第二の二の各罪については懲役刑のみをそれぞれ選択し、被告人畑には前記の前科があり、同被告人の右各罪は右前科の刑の執行終了後いずれも五年以内の犯行であるから、刑法五六条一項、五七条によりそれぞれ再犯の加重(但し、判示第一の一、三の各罪については同法一四条の制限に従う。)をし、以上は被告人三名それぞれにとつて同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により、被告人大嶋においては刑期及び犯情の最も重い、被告人畑においては最も重いいずれも判示第一の一の罪の刑に同法一四条の制限に従い、被告人岡村においては重い判示第二の一の罪の刑に同法四七条但書の制限に従つてそれぞれ法定の加重をし、右各刑期の範囲内で被告人大嶋を懲役五年に、被告人畑を懲役四年に、被告人岡村を懲役二年にそれぞれ処し、同法二一条を適用して、未決勾留日数中、被告人大嶋に対しては四〇日、被告人畑に対しては一〇〇日をそれぞれその刑に算入し、被告人岡村に対しては、後記情状により同法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から三年間その刑の執行を猶予し、押収してある覚せい剤粉末二袋(昭和五一年押第二二九号の1及び2)は、被告人大嶋、同岡村の判示第二の一の罪に係る覚せい剤であつて、被告人大嶋が所有し、かつ被告人岡村が所持していたものであるから、覚せい剤取締法四一条の六本文により右被告人両名からこれらを没収することとする。

(量刑の事情)

本件は、被告人大嶋がその経営する会社の負債の返済に窮した結果、その返済資金に充てるため覚せい剤を輸入して日本国内で密売しようと企て、被告人畑、同岡村らもその一部にそれぞれ加担して敢行した一連の犯行であるが、二度にわたり合計約六〇〇グラムもの大量の覚せい剤を輸入し、うち約三〇〇グラムは既に密売ルートに乗つて社会に拡散されており、その害悪は顕在化するに至つているものであつて、昨今覚せい剤使用による幻覚症状に駆られ重大な犯罪行為を引き起こす事例も存し、それに対する社会の非難は強く、取締当局の規制も厳しくなつているにもかかわらず、そのような諸悪の根源でもある覚せい剤の密輸入を敢行し不法の利益を追求した本件の罪責は誠に重大といわなければならない。

とりわけ被告人大嶋は、前記のとおり本件を企画し、韓国での仕入等を担当するなど本件において首謀者的地位にあつたことは明らかであり、本件共犯者中でもその形責の特に重いことはいうまでもない。次に被告人畑は第一回目に輸入した分につきそれの売却方を分担して本件に加功したものであつて、一応被告人大嶋の利益を図ることを主眼としたものであつたとしても自分自身も右売却利益の余恵に預つていたことは認められるところであり、加えて前記累犯前科を含めて二回も懲役刑の実刑処断をされていることなどの経歴を考えると、遵法精神に乏しい面を否定できず、被告人大嶋に次いでその形責は重いものである。ただ現在、右被告人両名とも本件についてそれぞれ反省していること、特に被告人大嶋においてはこれまでに前科はなかつたこと、その他従前の生活歴、生活態度等諸般の事情をも充分斟酌考慮し、併わせてその間の刑の権衡をも考えたうえ、右各被告人に対しては主文の各刑が相当であると思料する。

他方、被告人岡村は、第二回目の覚せい剤密輸入に際し、犯行の要である実行行為を担当したものであり、それ相応の形責は免れ難いといわなければならないが、前述のとおり、被告人大嶋から韓国旅行に誘われ、渡韓後同被告人から依頼されるまま行きがかり上本件に加担したものであつて、被告人岡村自身に営利の目的は認められないところであるから、本件グループ内においては従属的地位にあつたことは明白であり、現在本件について充分反省しており、これまで前科前歴はなく今後も再犯の虞れはないものと考えられることなど諸般の情状を考慮して、被告人岡村に対しては、懲役二年に処して刑責を明確にしたうえ、今回に限り刑の執行を猶予することにした。

よつて主文のとおり判決する。

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